Rocker and Hooker

その奇妙なフォルムの靴に出会ったのは80年代終わりのロンドン、ノッティング・ヒル・ゲートのナイジェル・ホール(NIGEL HALL)でである。
パンク・ムーブメントから10数年経っていたその時代、それでもパンク・ファッションに身を包んだ若者をロンドンの街角で見かける事はあった。そのほとんどがドクター・マーチンを履いていた。ドクター・マーチンは値段も手頃でロンドン市内どこででも手に入れることができた。
そもそも70年代セックス・ピストルズやヴィヴィアン・ウェストウッドなんか好んで取り上げていた靴は60年代に流行したトンガリ靴(WINKLE PICKERS)が主流でその後のドクター・マーチンなんかとは違ってシャープなデザインだった。
その後パンク・ファッションの後期に登場したのが安全靴と言うかつま先にメタル・プロテクト・ガードが入った重量感のあるゴロンとしたタイプの靴だった。(これはパンクス達が抗争の際、ケリを入れるための武器としておおいに役立った)パンク・ファッションは大いに興味をそそられたけどなかなか日本人の体型では着こなすのが難しい。唯一日本人で似合っていたのはあとにも先にも甲本ヒロトだけだと思う。
それはともかく、僕はドクター・マーチンがあまり好きではなかった。そのゴロンとした形とどこかチープ感が漂うその素材にあまり惹かれることはなかった。それにロンドン中の若者が、そしてその波は日本にも押し寄せて来て、特に音楽好きの若者たちが挙ってドクター・マーチンを履いていたのも原因だ。
でもたぶんそのチープ感や履き潰して行ける感覚がドクター・マーチンの魅力だったんだろう。今だからこそ履いてもいいなって最近思うようになった。
最近ドクターマーチンの人気が復活しているように思う。けっこうショップを見かけるし(今度ドクター・マーチン買おうかな?<独り言>)。

さて、僕がポートベローの近く、ノッティング・ヒル・ゲートで出会ったゴロンとしたビブラム・ソール・シューズ、つま先に縫い付けられた革のベロにどこかストーンズのベロ・マークを彷彿させるその靴、JOHN MOOREと言うそのさり気ないラベルにもの凄くロック&ロールを感じてしまった。
ジョン・ムーアは無骨だけれどどこか洗練されている。結局僕は先のベロがトレード・マークのものを含めこれまでに3足のジョン・ムーアを購入してしまった。
写真左のウィング・チップは80年代に随分履いた。右はつま先にスウェード・プロテクトをあしらったもの。中央はジョン・ムーアの代表的なベロ付きフォルム。この代表的なベロ付きのものにはハイ・カットも存在している。
実はジョン・ムーアについてはそんなに詳しくは知らないが僕はある程度ドクター・マーチンやジョージ・コックスのラバー・ソールがヒントになってるんじゃないかと思う。
ドクター・マーチンとジョージ・コックスのラバー・ソールは70年代初期キングス・ロードのショップ「ロボット(ROBOT)」で定番となり現在に至っている。
ジョージ・コックスはイギリスの老舗シューズ・メーカーで40年代後半にクリッパーズと呼ばれるゴム底靴を発表、これがスニーカーやラバー・ソール・シューズ、いわゆるゴム底靴の原点と言われている。ジョージ・コックスが70年代に発表したラバー・ソールはピストルズ、クラッシュ等パンクロッカー達に愛用された。
ドクター・マーチンやジョージ・コックスのハードなイメージを継承しつつスーツにもカジュアルにも似合うように近づけたのがジョン・ムーアの特徴だと思う。
ジョン・ムーア自身は既に亡くなっている。
この個性あるフォルムは現在も彼の弟子達が継承し発表され続けている。日本ではレディ・ステディ・ゴー(READY STEADY GO)が取り扱っている。


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