Rocker and Hooker

今まで僕も少しは人並みに車には乗った。免許を取って35年余。それぞれの車に思い出がある。きっと、MONOにも魂は宿る。若い日を振り返れば出会って来た女性のようにその車たちが甦る。スプリンター〜ルーチェ〜レジェンド〜ゲレンデヴァーゲン230GE〜ジャガーW6〜レンジローバー〜ゲレンデヴァーゲンV8 ロング。だが、実はそんなに車に詳しくはない。
最初のゲレンデは80年代日本に初めて輸出された時だったから当時としては相当に珍しかった。ディラーのマネージャーが言うには「まず3台輸入された」。そのうちの1台が僕の手にしたものと言う事になる。最初、そいつを見た時,三菱パジェロかと思った。

まさにバブルの時代で僕はCM音楽を手がけていたから少しだけ金持ちだった。バブル時代は車も5ナンバーから3ナンバーを所有する人が増えメルセデスベンツも随分街で見かけるようになった。かなり小型サイズのベンツも出回り始めていた。

そのゲレンデとの出会いは、とあるヤナセのディラーでだ。メルセデスはセダン・タイプがポピュラーでわざわざ4輪駆動のメルセデスを買う人はいなかった。ディラーの人に訊ねると、ショールームに集まる客は珍しそうにゲレンデを眺めはするものの、いざ購入するとなるとやはりセダン・タイプを選んでしまうとの事。当時はやはりセダン・タイプのメルセデスが庶民のステイタス・シンボルであった。子供の頃、僕はミニチュア・カーのメルセデス・ベンツ・オープン・カーは持っていたが免許を取り、車を乗り回すようになった時点では,さほどメルセデスには魅かれ無かった。

まず、当時の僕からすれば値段が高すぎた。また、ちょっと成金の人やヤクザっぽい人が乗っているイメージが先行していた。
乗る人によって、その車のせいではないのにステイタスあるがゆえに、どこか品格を欠いてしまった車、そんな風に僕の目には映った。日本人はメルセデスは似合わないと勝手に決めつけていたのだ。

僕はお金があったとしても、メルセデスを買う気はさらさらなかった。ただ、親父が清里の借地に退職金をはたいて山荘を建てたばかりだったから、冬場は4輪駆動が必要になり、それに応じてそれなりのモデルを探していたのだ。初めてゲレンデに出会った時、その無骨で軍用車そのもののスタイルを見て、ちょっと高級車にしてはハズシ感があり、却ってメルセデスの4駆なんて洒落てるなと思った。そして、ほとんど誰もゲレンデに心魅かれてないところ、乗っている人を見た事が無い、そんな希少性が気に入ったのだ。
やがて、ゲレンデが街に溢れ、一般的になるのは90年代半ばだったと思う。

このゲレンデは輸入したものの2年近く売れず仕舞いで新古車扱いだった。交渉の末、ちょっと信じられないくらいの、国産3ナンバーのような値段で僕はゲレンデを手に入れた。
当時、駐車場に停めていると車好きな連中が珍しそうに僕のゲレンデを取り囲んでいた。このゲレンデは15年近く乗った。
多分僕が人生で一番長く乗り回した車かもしれない。
このゲレンデとは随分過酷な走行をともにした。砂浜、沼地や雪道なんかもガンガン飛ばした思い出がある。

で、それと重なる時期、街である車に一目惚れした。僕はずっとミニ・クーパー憧れていた。友人から借りて運転した事もあるが僕が乗るには足が閊えるは、天井に頭が当たるは、どうにも小さすぎた。それでも我慢して乗るのがこの車の魅力だ。しかし何故この車に手を出さなかったのか?それは路上にミニが溢れていたから。 80年代ミニ・クーパーは手頃な価格となり、女子にも手が出しやすい車だった。
人とは違うものを所有したいと言う、どこか捻れた気持ちが僕にはある。
人と同じものは嫌だ。
そんな時に出会ったのがヴァンデン・プラ・プリンセスだった。そのフォルムは実に美しくどこかミニ・クーパーを思わせる英国車。見た目のサイズと違い、中は随分広々として簡素だ。
もうその車にうっとりしてしまった。そしてついに、ひょんなことからその車を手放す人がいて僕が引き取る事になった。

1969年製。全長376cm、全幅153cm、全高136cm、車両重量930kg 排気量1300cc。内装はロールス・ロイスを手がけたコーチ・ビルダー。ウォール・ナット・パネルと後部座席にはピクニック・テーブル、そして上質な革シート。右ハンドル、オート・マチック。現在でもオート・マチック車両が少ないイギリスで当時これはとても贅沢な車であったと思われる。スモール・ロールス・ロイスと呼ばれていたくらいだ。僕はオルタネーターを容量の高いものに交換、大型ラジエターと電動ファンを追加して乗っていたもののエアコンを使用するとバッテリーが上がってしまったりエンジンが加熱したり。冬には5〜6分の暖気が必要でなかなか発車できなかったり。ハンドルは細く重く、小回りが利かない、そして雨の日の視界も悪く何とも苦労を共にした想い出がある。改良を重ね何度もエンスー地獄に陥りかけたのがこの車、ヴァンデン・プラ・プリンセス。

だが、今でも僕はこの車をもう一度運転してみたいと少し思っている。あれから10数年経ったから今現存するプリンセス(この車は60年代後半から70年代に製造されていた)はさらに、もっと老朽化しているだろう。以前にも増して修理やチューン・アップにお金がかかってしまうだろう。何よりもエンストしないか?バッテリーは大丈夫か?床は抜けないか?湿気と乾燥を繰り返しでウッドパネルが割れないか?
そんなプレッシャーに耐える気力を思うと今では腰が引けてしまう。
しかし時は流れ、ごく稀に街でこの車を見かけるたび、懐かしい恋人に再会したような気分になる。

この英国の我が儘な貴婦人とも言えるプリンセス、もう一度あのシートに座ってチョークを引っ張ってみたい。

思い出の愛する車たち、今は昔ほど車に対するこだわりが無い。
乗り心地良くボディがしっかりしている今の車で十分満足している。
これって歳を取った証拠かな?
やはり車への情景、走行、エンジン音、フォルム、カラー etc
こだわりを無くしたらダメだ!

それってどこか恋愛にも通じる。

ならば、今の愛車をもう一度可愛がってやろうと思う!
いつも安全に快適に、ストレス・フリーな状態で僕を目的地まで運んでくれるから。

P.S. 今回はいい写真が無いので割愛します。1980年代はデジカメ無かったから、たいした写真が残ってない。愛する車たちの色褪せたプリント写真をここに載せるのは気が引ける。


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