Rocker and Hooker

いま、アルバイトってどれくらい時給がもらえるんだろう?とにかく学生時代、僕はアルバイトをしまくっていた。
20歳で家を出たから働かなければならなかった。牛乳配達に始まり、凸版製本、鰻屋、飲み屋、ビル掃除、SEIYU、喫茶店、酒屋の積荷、交通量調査、ちょっとしたガードマン、たまにバンドなんかやったりして稼いだり。うーん、まだあったような気がするけど思い出せない。

1973年〜74年にかけて、僕は大学を休学、東京コカ・コーラ・ボトラーズ(当時の名称)で1年間集中的アルバイトする事を決めた。当時、清涼飲料水と言ったらコカ・コーラが群を抜いて売れていた。というか、それ以外の炭酸清涼飲料水ってペプシ・コーラとサイダー、ファンタくらいしかなかったように思う。(ちなみにファンタはコカ・コーラが扱っていた)。まだペット・ボトルも無い時代だし,ミネラル・ウオーターやお茶の類いを販売しているなんてほとんど見かけなかった。

丁度、僕がアルバイトをし始めた頃、コカ・コーラの缶が街では主流になり始め、自動販売機があちこちに増え始めた。僕がこのアルバイトを選んだのはとにかくその賃金が良かったからだ。特に7月〜8月、9月中旬までの2ヶ月半は稼ぎ時だった。僕が勤務していた場所は国鉄(今のJR )新宿駅構内。夏休みシーズンで東京にやって来る人、そしてバカンスで出かける人やお盆の帰省客で、この季節、鉄道の利用客は爆発的に増加する。
新宿駅構内の売店(Kiosk)や自動販売機の清涼飲料水はほとんどをコカ・コーラ・ボトラーズが独占していた。そして連日連夜臨時便が運行、始発から終電まで駅のホームは人の波、僕たちコーラのアルバイト人員はクーラー・ボックスをセット・アップ、旅行客や帰省客に汗みどろになってコーラを売りさばいた。30缶入りのコーラケースが1日1,000箱出荷した日もある。つまり、始発から終電までの間に30,000本売り上げた事になる。稼働人員は、正社員が5人、アルバイト学生と契約社員を含め30人余。駅の地下の大部屋に押し込まれている。

余談だが70年代前半、日本には東京・コカ・コーラ・ボトラーズと日本・コカ・コーラ・ボトラーズがあった。前者のテリトリーはその名の如く,東京。後者は東京以外の日本全域。何故このような資本形態になっていたかは知らないが両者はあまりいい関係ではなかったように思う。前者はドメスティックで,アメリカではライバル会社であるはずの清涼飲料水ドクターペッパーを日本で独占発売していた。それに対抗して同じような味のミスター・ピブを後者は発売していた。本国本社のコカ・コーラ・ボトラーズがその件に対しクレームをつけられないでいるのは、実は東京・コカ・コーラ・ボトラーズの売り上げ市場が世界一だったからだ。つまり、東京だけで他の道府県よりも売り上げ、そして東京だけで本国アメリカ全域よりも売り上げを上回っていたのである。と、当時の社員から僕らは聞かされていた。だから、東京コカコーラボトラーズに雇われている限り,アルバイトと言えども誇りを持て!と僕らは社員から強く言われていた。

さて、この30缶入りのケースは1箱10数キロの重さがある。僕らはそれを「ネコ」と言う縦長の手押し車(2輪)で運ぶのだ。この手押し車=ネコ車は手足のみでバランスを取る。もちろん、腰と背中に相当な負担がかかっている。普通はせいぜい10ケース積むのが関の山だが、バランスを取れば最大17ケースまで積める。(たぶん17ケースだと重量は200キロは超えているはず)最初は8ケースですら階段を一段も上げる事が出来ない。中には非力ゆえ最後まで8ケースですら持ち上がらず、居たたまれなくなってアルバイトを脱落して行くものもいる。

ネコ車のバランス習得、コツをつかむまで最低でも1週間くらいはかかる。10ケース、12ケース、一番多くは17ケース、これをたったひとりで階段の上り下り運搬をしなければならない。ホームの階段は長い。踊り場で一呼吸着いている者もいる。とにかくバランスが崩れケースが誤って落下すれば乗降客との事故につながりかねない。しかも階段を降りる際の振動で一番下段のダンボール・ケースが重みに耐えかね損傷、破れて亀裂が入り崩壊すると中の缶がこぼれ落ち、一気に全体のバランスが乱れケースはドミノ倒しのようにネコ車から崩壊する。階段の運搬は緊張の連続だ。幸い僕がアルバイトしている間、新宿駅で事故は起きなかったが、どこか他の駅ではケースが崩れトラブルが起きたと言う話も聞いた事がある。
今は駅のホームにエレベーターがあったりするからきっと運搬も楽なんだろう。僕は意地で17ケースを運んでいた。あっという間に手の皮が剥けるし、滑り止めに夏でも革手袋を着用していた。思えばよくあんなものを運んでいたなって感心する。人間やれば出来るものだ。もちろん若かったから力も有り余っていた。

夏の2ヶ月間、僕はほとんど中目黒にあるコカ・コーラ営業所で寝泊まりしていた。会議室に布団を敷いて寝るのだ。朝は6時に起床、全員で冷蔵庫(倉庫並みの大きさ)に行き保冷車への積み込みが始まる。天候によって売り上げは左右される。30〜40分の積み込みが終わると僕らはすでに腕の筋肉がパンパンになっている。そして営業車両に分乗して新宿駅に向かう。途中、富ヶ谷の丸十ベーカリーで朝飯代わりのパンと牛乳を買う。
僕らは鉄道弘済会組と言って原宿駅、千駄ヶ谷駅、代々木駅の売店(Kiosk)と自動販売機も担当していた。とにかく売り切れは出すな!と厳命されていた。しかし、夏の盛り、コーラの自動販売機はものの30分で売り切れが出る。だから自分の担当している売店と自動販売機は20分置きに点検して回る。そして瞬く間に満杯になったゴミ箱から缶を回収して通称ゴミ車と呼ばれるトラックに積み込む。汗と飲料の液体でユニフォームはすぐにドロドロになる。その付着した甘味料の匂いめがけて蜂が襲撃して来る。だから着替え用のユニフォームを確保し忘れると1日中汗と飲料液体にまみれたユニフォームで過ごし、蜂の襲来を気にかけなければならない。汚れたユニフオームは社員から注意を受ける。主任が視察にやって来る日、その時刻がわかると、僕らはユニフォームやモップの奪い合い、なかなか追いつかない自分の担当部所周辺の掃除(常に自動販売機周辺は清潔にと命じられているから)の繰り返しで殺気立つ。缶専用のゴミ箱には酔っぱらいがゲロを吐いて行ったりする事もあるし。。。日に日にストレスが溜まり、夏の暑さと睡眠不足で苛立った者通しがちょっとした事で爆発する。腕自慢のヤツや血気盛んな連中がうようよいるから時に殴り合いが始まる。

夏の2ヶ月はとにかく忙しくなかなか昼食の時間も取れず、とくにコカ・コーラの社員は清潔で爽やかであれがモットーだったから長髪も禁止だった。新宿駅の地下には職員専用の食堂、理髪店まであり、時間短縮のために僕らもここを利用させてもらっていた。品切れが起きそうな時は保冷車に乗って営業所までケースを充填に行く。その道すがら原宿駅、千駄ヶ谷駅、代々木駅を巡回するのだ。
そして、魔の終電時間がやって来る。臨時便のホーム、そして改札外に並ぶ始発待ちの旅行客に僕らは荷車にクーラーを積んでコーラとファンタを売りさばく。終電後は自動販売機回りの掃除が待っている。そしてゴミ箱の回収が終わると僕ら泊まり組はまるで家畜になったような気分で空っぽになった保冷車の保冷庫に乗り込む。勿論窓なんか無い。電気は着くが当然冷蔵用のスイッチは切られている。ただ、冷気が残っているからそこそこ汗も乾くのだ。新宿駅から中目黒まで僕らは疲労困憊のはずなのにナチュラル・ハイになっている。シャワーと夜食と睡眠にありつけるからだ。夜食はいつも決まって近所の朝日屋と言う蕎麦屋から弁当が届いていた。夜のうちにクリーニング屋から届いているユニフォームを確保して弁当を平らげる。泊まり組の社員がいるからあまりハメをはずせないが、それでも軽くビールで乾杯。

夜中2時くらい、あっという間に就寝。そんな感じの毎日を僕は送っていた。アルバイトの規定として必ず週に1日休みを取らなくてはならない。だが、当時まだまだ労働基準法がそれほどうるさくなかったせいか残業はあまり規制されていなかった。むしろ、夏のコーラ屋はイケイケだったから残業は歓迎された。だから僕は1日18時間近く働いていた。当時の社会人1年組は月給が10万円前後だった。僕のアルバイト料は彼らの2倍以上に達していた。

夏が過ぎるとアルバイト人員は瞬く間に減る。学校に復帰したり、夏の間だけ稼ぎに来る季節労働者みたいなヤツもいたから。10月から3月にかけて3人の社員が交代制、アルバイトも3〜5人。労働時間も9時から18時。コカ・コーラもあの夏の勢いはすっかり失せて自動販売機の売り切れランプが点灯する事もほとんどない。僕らはユニフォームの上に支給されたグリーンのウール・ジャケットを羽織り、寒風吹きすさぶプラットフォームの自動販売機や売店を注文点検、周回する。そして夏とは打って変わった4畳半くらいの暖房なしの詰め所で寒さを凌ぐ。とにかく1年間、働けるだけ働こうと決めていた。新宿駅に休みは無い、365日開店中である。朝まで運行中の大晦日と正月は特別手当が出た。なにせ100万貯めるのが目的だったから暮れも正月も僕には関係ない。
その目標が達成したら僕はアメリカに行こうと考えていた。
憧れのアメリカ、21歳の僕には遥か彼方の遠い国だった。 (続く)



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